アラブ事情

サイン、サイン、サイン…!

アラブ諸国の役所手続きは電子政府になってないところはどこも手続きの紙をもって、あちこちからサインを集めてまわらないといけません。
写真はイラク人もびっくりのサインの多さですが、納税証明のための紙です。


イラクは納税が徹底されていないので、例えばパスポートの手続きをしていて、税金とは本当は全然関係がなくても、納税証明が必要と言われます。
税務署はまた納税義務があったかどうかを把握していないので、雇用されていた職場から納税証明に必要な署名をもらえ、不動産売却などがあれば、関係する役所から署名を貰ってこい等々。
その署名を貰いにいったら、署名する前に何処そこに行って署名を許可する署名を貰ってこい、その署名を貰いに行ったらその上司の署名をもらえという感じであっちこっち行かされて、それはウチじゃない〇〇だ。〇〇に行くとウチじゃないとたらい回しにされて、何日も何日もかけて必要サインを全部集めることになるのです。
なんでそんな事をするかというと、その署名をなかなか出さないでたらい回しにして関わった数だけの公務員が袖の下を貰えるからです。
袖の下でなくても、職員が真面目に働かないので、お茶したり、おしゃべりしたり、私用の電話で長話をしていたり、はたまたコーランを詠んでるから、お祈りしてるからと待たされて、就業時間中にらっきょうの皮むきに近い料理の下ごしらえの作業を事務室でやっていたりして、やっと席に戻っても、もうすぐ就業時間が終わるから明日来いと言って、役人は就業時間前に帰宅する。
めちゃくちゃなのです。全部を回ってられないときは、トップのところに行って、お願いする。そこで少しまとまった金額を払ってもいいからたらい回しを免除してというニーズが生まれてくる。
あるいはツテがあるなら、偉い人に「宜しく」と電話一本入れて貰えば、鶴の一声で手続きがスムーズになるだけでなく、袖の下も免除される。
その便宜をはかってやった恩の貸し借りがまた不正の温床になる。
イラクは経済制裁の頃に公務員の給料が卵1カートンとペプシコーラの缶を1つ買ったら1ヶ月分の給料が消えてしまうというハイパーインフレーションを起こしたとき、手続きに来る人にいくらかお金を恵んで下さいと、「イクラーミーヤ」報いてやるとか、恵んでやるお金みたいな言い方にして、「ラシュワ」賄賂と呼ばなくなりました。
売春を「援助交際」「パパ活」と呼ぶと心理的ハードルが低くなるのと同じです。
2003年のイラク戦争が終わった頃、これが前政権時代の負の財産として社会を蝕んでいました。
そこにアメリカの戦車に乗ってやってきた人たちの政党が権力を持ち、政党の息のかかった人が公務員になり、要職につき、手続きには政党のお墨付きが威力を発揮するようになり、政党に賄賂を渡すようになり、政党が武装勢力を持ち出して、そこに外国やら政治やらが絡んで、国の仕組みは骨の髄まで不正と汚職に蝕まれてしまったのです。
同じことが、シリアでもレバノンでも、汚職だけならほぼ全てのアラブ諸国を蝕んでいます。
だから、選挙で国会議員やら内閣や大統領や首相を変えたくらいでは国は良くならないのです。
国という仕組みをぜんぶ丸ごと全て作り直していかないといけない。急には変えられないので、何年も何十年もPDCAのサイクルを回して、法を改正し続けていかないといけない。
2003年から2021年まで、イラクは政治家と政党ミリシアと犯罪組織が絡まってダンゴになっています。これはダンゴを解いても、容易には解決せず、いまの最悪の時代を乗り越えても、政治とマフィアやヤクザのような犯罪組織の癒着問題が長く続くことになるだろうと見ています。
【追記】
この写真の主から、これは不動産売買手続きの納税証明とのことです。
やってらんないので、弁護士を雇って、どうしても本人が出頭しないといけないところ以外は全部やって貰ったとのこと。軽蔑されるかもしれないけどと恥じていますが、袖の下も払ったそうです。

ABOUT ME
アビール・アル・サマライ
イラク・バグダッド出身。バグダッドのテクノロジー大学コンピューターサイエンス学部卒業。湾岸戦争後の1991年末に来日。アラブ・イスラム言語文化専門シンクタンク「ハット研究所」所長。中東情勢や中東メディア報道研究、イスラム・中東問題の勉強会、ハラルやムスリム対応のビジネスコンサルティングなどを手掛ける。外務省研修所、慶應義塾大学、学習院大学非常勤講師。NHKアラビア語ラジオ講座出演。